あきらめられない夢に
「とりあえず、落ち着け」


その言葉と同時に、頭をポンと軽く叩かれたような気がした。

仕事でミスをするとよく先輩がやってくれたことだが、もちろん先輩は今この場にはいない。

自分で頭を撫で、落ち着きとともにようやく緊張が解けてきたようだ。


「落ち着いたか?」


「はい」


「お前がいなくなってしばらくしてから、話は色々と聞いたよ。

お前は辞めたんじゃなく、辞めさせられたんだな」


あの夏の日の出来事が頭の中で甦る。



突然の解雇通告



荷物を整理しているときの周りの視線



アリエスでの先輩の顔



まるで音の無い映画を見ているように、頭の中に流れていった。


「どっちでも一緒ですよ」


あのときの自分が遠くにいるような気がして、そんな自分に言い聞かせるように呟いた。

あのときはどん底にまで突き落とされたように気分が沈み、常に下ばかり見ていた気がした。



けれども、今は違う。


「相談するにもできなかったんだな。

それなのに、俺は・・・」


先輩の声が沈みがちになってきている。

あのときの僕と同じようになってきている。



そんな先輩を見るのは嫌だ。

やっぱり、先輩はいつもの先輩でいてほしいし、この電話だけはお互いが前を向いて話していたい。


「先輩。

自分から言うのは不謹慎かもしれませんが、俺は先輩に申し訳ないという気持ちが今はありません。

それよりも感謝という気持ちのほうが遥かに今は大きいです。

先輩がいつか言ってくれた言葉、その言葉のおかげで今の会社で宮ノ沢慎二に俺は今日なれたんです」
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