あきらめられない夢に
強引なのだが、そこがどこか可笑しく思えて、下を向いて吹き出した。

最初は軽い程度だったのだが、一旦笑い出すとこれがまた本当に可笑しくて、ついには声と同時に膝を叩いてしまうくらいになっていた。

彼女も最初は怪訝そうに見つめていたが、徐々に僕と同じように笑うようになった。


「今日はお疲れ」


涙目を親指で拭いながら言い、水の入ったグラスを彼女に向ける。

彼女はまだ笑っていたが、それに気付いて同じようにグラスをこちらに向けて軽く当ててきた。

高く響きのいい音が鳴り、水を一口飲む。


「お疲れ」


それはあまり見せない穏やかな表情なのか、それともただ単に彼女の疲れ切った表情なのか、僕には判別ができずにいた。

店内にいる客の声、注文を繰り返す店員の声、厨房で調理する音、それら全ての音が僕の耳には入って来なかった。

目の前の彼女に吸い寄せられるように、僕はただ音のない世界で彼女だけを見ているようだった。


「おい、何ボーっとしているんだよ」


テーブルにつけていた右肘を軽く掌で叩かれて僕はようやく我に返り、幾多の音たちも耳に入り込んできた。


「疲れたのか?」


「いや、そういうわけではないと思うけど」


「・・・速くなったよ」


あまりにも小さいので店内の音に紛れそうになったが、彼女は確かに「速くなった」と呟いた。

確認の意味を込めて彼女を見ると、目が合いそうになりかけて彼女は慌てて逸らした。
< 137 / 266 >

この作品をシェア

pagetop