あきらめられない夢に
「別に沢良木に惚れるのは自由だし、どうこう言うつもりはないよ。

ただし、番号とかは俺からはお前にも向こうにも教えないからな」


「頼むよ、そこを何とかしてくれよ」


ようやく僕に視線を向け、顔の前で手を合わせて頭を下げてきた。

トイレでこんなことをしているところを誰かにでも見られたら、きっと良からぬ誤解を招くのだろう。

そう考えると、恥ずかしくもなってきてしまう。


「やめろ、誰かに見られたら恥ずかしいだろ」


「じゃあ、頼むよ」


「駄目。それとこれとは別。

俺は人の携帯は人には教えない主義なんだよ。

ましてや、それが男と女なら絶対。

いいか、あいつの番号とかアドレスを知りたかったらな、ちゃんと自分で聞けよ」


「もう、今更無理じゃん」


これ以上言っても何も解決せずに平行線を辿る一方なので、それだけを伝えて僕はトイレを出た。

そして、席へと戻るとすぐさま会計を済ませ、沢良木と店を出た。

園木が僕たちを目で追っているのは分かったが、それには敢えて気付かないふりをした。



少し気掛かりだったのは、その隣にいた上越があまり元気のないように見えたことだった。

最初に僕たちの前に現れたときは、確かにいつものように元気だったというのに。

しかし、そのときはあまり気にも留めずに、僕と沢良木は店から遠ざかっていった。
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