あきらめられない夢に
「実は○○○劇団の最終公演に、『あきらめられない夢に』をやらせてほしいの」


全身がコンクリートに固められてしまったかのように、上から下へと硬直していくのが分かった。

何を言っているのか頭で分かってはいても、予想だにしなかったその言葉を理解にまでは至らなかった。


「突然だし、失礼なことを言っているのは分かっている。

でも、どうしても最後に宮ノ沢くんの、宮沢ニノの作品をやりたいの」


本当に突然だった。



けれども、失礼なことではなかった。



突然過ぎて僕の思考回路が追い付かないだけで、それはとても喜ばしいことだった。


「お父さんは、団長さんはどう言っているんですか」


素直に喜べればいいのに、いつから僕は喜ぶことに憶病になってしまったのだろう。

何をそんなに深く考えてしまっているのだろう。


「最後くらいはお前が決めろって。

俺は今まで全て決めてきたのだから、お前に任せるって」


「そうですか・・・」


嬉しい。



だけど



怖い。



自分の執筆した作品が認められている嬉しさ。

それ以上に言葉に表されないくらいの得体のしれない怖さ、それが素直に喜ぶことを拒んでいるのだろう。


「凄いよね。私だったら、最後ならやっぱり自分で書きたいと思う。

それでも父は私にそれを譲ってくれた。

私みたいな凡人には、到底及ばないわ。

そう分かっていても、『あきらめられない夢に』をやりたいの」


彼女が凄く羨ましかった。



素直に自分の考えを伝えられる。



劣等感を知っても、それでも自分のやりたいことを伝えられる。


「嬉しいです。だけど、一週間だけ待ってもらっていいですか?」


彼女に対して、すぐに返事をしない僕は卑怯だ。



それでも彼女は頷き、それ以上はそのことは何も触れないでいてくれた。



しばらくして店主が持ってきたコーヒーは、酸味が少しあるものの香りと深みは『アリエス』が出すものと似ていた。
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