あきらめられない夢に
「今日は来るのも早いし、積み込みも急いでいるように見えたけど、何かあるのか?」


倉庫を出たところで悪戯っぽい笑みを浮かべながら、下から覗きこむようにして僕の顔を見てきた。


「実はお前に話したいことがあって」


覗きこむようにしていた顔を慌てたように上げ、危うく僕の顔に頭が当たりそうだった。

特に変なことを言ったつもりはないのだが、目を見開き、真一文字に口を結びこちらを見ていた。

彼女のこういう表情は初めてで、とても新鮮な感じだった。


「な、なんだよ、話って」


両手をポケットに突っ込み、視線を合わせずに答えてきた。



四月の爽やかな風が僕たちの間を駆け抜けていく。

今は爽やかに感じる風も、じめじめとした生温い風になり、暑い夏に有り難みのある風へと形容を変化させていくのだろう。


「まず、今日の夜は空いている?」


彼女は相変わらず視線を合わせず、小さく首を縦に振った。

その姿は普段の仕事のときとは大違いで、他のみんなが見たら驚くだろうな。


「松坂のほうの小さい劇団で演劇をしている知り合いがいるんだけど、実は役者が一人足りなくて。

その役が沢良木にピッタリなんだけど、一度だけでもいいから稽古を見てみない?」


つぐみさんや○○○劇団の人たちには失礼だが、『小さい』と言ったのは沢良木が少しでも気後れしないようにと思ったからだ。
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