あきらめられない夢に
あのとき


一瞬しか見えなかったが確かに彼女の目は涙で潤んでいた。



一体、何があったのか、どういうつもりだったのか分からない。

もしかしたら、僕は知ってはいけないのかもしれない。


それでも


今、僕は彼女のもとに少しでも早く駆けつけなければいけない。

そのことに、理由など必要ない。



公園を右に曲がり、電柱の外灯のみの明かりに頼る路地にひっそりと会社の駐車場が存在する。



しかし、そこに僕の握り締めているキーの持ち主はいない。


「沢良木っ」


車の前まで行き、叫んではみたものの姿を確認はできない。


「おせえよ」


いきなり声が聞こえたと思ったら、背中から下腹部に手を伸ばされる。

背中には沢良木の熱と感触が伝わり、一つ一つの息遣いが耳元ではっきりと聞き取り、感じることができる。

少しでも振り向けば、彼女の唇に当たってしまうほど、二人は密着していた。



下腹部の腕を解こうとすると、力強く僕を締め付けるようにして、それを拒否してきた。


「沢良木」


問いかけると、更に締め付けは強くなった。



どういう言葉を掛けていいか分からない。



どういう行動をとればいいか分からない。



そんなどうしようもなく情けない男が、ここにいる。


「らしくないだろ」


耳元でそう呟かれても、結局僕は同じように何も言葉を掛けてやることもできず、何かをしてやれるわけもなく、ただ黙って立ち尽くしていた。
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