あきらめられない夢に
「いいですよ。

ただし、別に上越を見に行くというわけではなく、競艇というものを見たくなったからですから」


最初の返事だけでよかった。

それなのに強がりのようなものを言ってしまったのは、高校時代の彼女に振られたということが僕の意識が届かないところで働いているためだろうか。


「ふうん」


何れにしてもその強がりは九宝さんに誤解を招いてしまったようで、今の彼女は恐らく僕が上越のことを『好き』という現在進行形だと思い込んでいるに違いない。


「いや、あの、違いますよ」


「ふうん」


慌てて弁明をしても、九宝さんは友人の初恋の相手を知ってしまった小学生のような反応をもう一度してきたので、面倒くさいことになる前に早いところ待ち合わせの場所と時間を決める方向に持っていきたかった。



だけど、先程までとは別物の大人の女性の「ふうん」に僕は息を止めて言葉を失ってしまった。

それまでの明るい雰囲気とは対照的に寂しそうでいて、まるでそれまで輝き続けていた存在を雲に隠される月を見ているようだった。

輝きを隠されてしまった月のほうに魅力を感じてしまう、この状況でそんなことを感じている自分に対して少しだけ嫌悪感を抱いた。


「じゃあ、また明日ね」


時間と集合場所を決めて電話は切られ、部屋には落ち着きと静けさが戻った。

そんなに騒いだ電話ではなかったのだが、勝手に自分が色々と心の中で騒がしくしていた。


九宝つぐみ


まだ二度しか話したことがないが、それでも彼女は僕に対して複数の顔を覗かせてきた。

明日になれば、また違った顔を見せるかもしれない。

僕の心を惹いている彼女は一体、どの顔をした彼女なのだろうか。
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