あきらめられない夢に
「美浜さん、つまりは○○○劇団の団長から高校時代に演技を指導してもらっていたんだよ。

演劇を辞めた今でも付き合いは続いていて、公演は毎回欠かさず観に行っているんだ」


「えっ」


あまりにも信じられない言葉が飛び出し、僕と沢良木は思わず驚きが声に出てしまった。

まさか、主任と団長がそういう関係だったとは。

何よりも主任が高校時代に演劇をしていたなど、夢にも思わなかった。

沢良木と目を合わせると、やはり同じようなことを考えているのだろう、完全に狐につままれたような表情になっていた。


「何だよ、そんなに驚くことないだろ」


第一印象も、幾多の時間を共に過ごしていても、どう見ても体育会系にしか見えない。

そんな主任だからこそ、驚くなというほうが無理だろう。


「じゃあ、頑張れよ。

俺も観に行くからな」


そう言うと、主任は倉庫へと入っていった。



時計を見ると、既に五時半を過ぎていた。

さっさと着替えを済ませて、早いところアパートに帰ろう。


「おい、どさくさに紛れて帰ろうとすんな。

今日は来いよ」


さすがに流されてはくれなかったが、僕はその言葉に気付かないふりをしてプレハブ小屋に入ろうとする。

今、沢良木の顔を見たら完全に彼女の思う壺になってしまいそうなので、構わずに前だけを見続けるようにした。


「来いっ」


強引に耳を引っ張られて、手繰り寄せられてしまった。

痛みに耐えられずに、僕は思わず「分かったよ」と返事をしてしまった。



その後はプレハブ小屋から駐車場まで監視されるように移動し、逃走する機会すら与えられないまま稽古へと向かった。
< 227 / 266 >

この作品をシェア

pagetop