あきらめられない夢に
両手に力が入るのが分かる。



両足が小刻みに震えるのが分かる。



唇が今にも切れそうなくらいに食いしばるのが分かる。


「それからは君が聞いた通りだと思う。

舞台に上がれなくなったあの娘を見ているのは、父親として辛かった。

舞台に上がれないだけじゃない、恋愛に対して奥手になってしまった。

男を信用できなくなったんだろうな」


いつの間に吸いだしたか分からない煙草の煙を吐き、その煙を見つめる眼差しが寂しく見える。

つぐみさんはもちろん、団長もそのときは相当苦労したのだろう。



僕だけがその苦労を知らない。



そのことがひどくもどかしく、簡単に彼女に「忘れなよ」などと言葉を掛けられない。


「慎二くん」


名字でなく、下の名前で呼ばれたことに肩がぴくっと反応し、思わず背筋を伸ばした。

視線を向けると、先ほどまでの寂しそうな表情ではなく、いつもの穏やかな表情でもなく、それは一人の父親としての表情のような気がした。
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