あきらめられない夢に
今度こそ彼女に見とれていると、エンジンの音が大きくなりボートが近づいてきた。

それと同時に六艇のボート全てがターンマーク目掛けてターンをした。

水しぶきが一斉に上がり、その迫力と美しさに圧倒される。

六艇がターンをして一マークから遠ざかっていっても僕は立ち尽くし、右の手の甲にわずかにかかった水しぶきを撫でながら余韻に浸っていた。

気が付くとレースが終わってしまっていて、次のレースの選手たちが水面に出てくるところだった。


「取った」


その言葉を聞くまで、すっかり彼女のことを忘れてしまっていた。

それほどまでに僕は夢中になっていたのだろう。


「えっ」


「今の舟券(ふなけん)、買っていたの」


嬉しそうに舌を少しだけチラつかせ、紙切れを目の前でヒラヒラさせた。

どうやら先ほど真剣に考えていたのはこれのためだったらしい。


「ちゃっかりしてますね」


小さくため息をつき、こちらも同じように舌を出して笑い返した。

何気ない仕草だが、このやり取りが何だか凄く楽しく感じた。


「私はこれを払い戻しに行ってくるけど、どうする?」


僕は水面に体を向け、彼女に顔だけを向けた。

『ここで見ている』という合図を彼女は汲んでくれて、小さく笑ってそのまま中へと戻っていった。
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