あきらめられない夢に
「ゆっこ」


そこには悪戯っぽい笑みを浮かべ、ポケットに両手を突っ込んでゆっこが立っていた。

彼女にチケットを送ったが、まさか本当に来てくれるとは思っていなかった。

しかも、開演の一時間以上も前に来るとは。


「随分と早いな」


彼女は「まあな」と言いながら、僕の隣へと歩み寄り、手で煙草を吸う仕草をした。

それを見て僕は笑いながらため息をつき、先ほど封を開けたばかりのセブンスターを差し出し、先端にライターで火を点けた。


「あれ、今日は旦那さんは?」


それまでの悪戯っぽい笑みが、一瞬だけ苦笑いへと変わったのを見逃さなかった。

余計なことを聞いてしまったと後悔しても、それはもうどうすることもできない。


「喧嘩した」


苦笑いは本当に一瞬だけで、すぐにまた先ほどの表情に戻した。

高校時代の彼女のままなら、こういうときはそんなに深刻なことではないはずだ。

恐らく原因は些細なことで、すぐに仲直りする程度の喧嘩なのだろう。


「変わらねえな」


「だなっ」


こういうところを否定しないところも、彼女は高校時代と変わっていなかった。

煙を真上に吐き、青い空に自分で雲を作ってみる。

すぐに消えてしまう雲に、僕は何を思うべきなのだろう。


「そういえば高校のとき、私が喧嘩した放課後はよく学校の自販機に腰掛けて二人で話したよな」


僕は喧嘩をするような性格ではなかったし、今でもそういう性格ではないと思っている。

その一方で彼女は男勝りの性格のためか、同じような感じの女子からは目をつけられてはしょっちゅう喧嘩をしていた。
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