あきらめられない夢に
つぐみさんの演技は相変わらずだった。



いつものように見ている人を魅了し、惹きつけて、離さない。



彼女が繰り出す人物を、僕は知っているはずだ。



僕が執筆した作品。



僕が作り出した世界。



そのなかの一人。



彼女が演じることによって、その人物に息が吹き込まれ、僕が描いていた以上に鮮明に映しだされている。



もしかしたら、今日はいつも以上かもしれない。


-心から自分がやりたいと思うことをやった、百パーセントの演技をこの目で見てみたい-


そう願い、この劇団の最終公演の演目を彼女に決めさせた団長。



その団長の想いが、今、はっきりと分かった気がする。



これが本当の彼女の演技なのだ。



開演前に僕は彼女に一言だけ「頑張って」と、ただそれだけを伝えた。

彼女はそのときだけはいつもの笑顔に戻ったと思っていたが、それはこの演技に集中していたからだったのだろう。



余計なことを一切考えず、この最終公演を成功させるため。



自分の与えられた役を、その人物になりきるため。


そのために、彼女はいつも通りに戻っていたのだろう。


「すげえや」


彼女の演技に、ただため息が漏れるだけだった。


「本当ね」


僕の隣で上越もため息を漏らす。

けれども、僕と上越では違うため息なのだ。
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