あきらめられない夢に
もう一度、舞台へと視線を戻す。

いや、舞台というよりはつぐみさんに視線を戻す。



一度は舞台に立てなくなるまで辛い思いをした彼女。

それを乗り越えて、今、こうして舞台に立っている。



その辛さがどれほど辛いかは、僕が軽々しく分かるなどとは言えなければ、想像することすらできない。



それほどの辛さから彼女は立ち直り、観に来てくれている多くの人を魅了している。



公演の前にどれほどのことがあっても、当日にはいつも通りに戻っている。



今まで僕に見せてきた様々な笑顔が、頭の中に広がっていく。



そして、ゆっくりと舞台に歩み寄り、怖さに怯えながら真っ暗な舞台の中央に立ち、スポットライトを浴びて泣いている彼女。



やっぱり、僕は彼女のことが好きだ。


「ちょっと、いいですか?

団長もお願いします」


僕は舞台に声が届かないようにできるだけ小さく、それでいてはっきりとした声で主演男優ともいえる男性と団長の二人を呼んだ。

それは、舞台で観客を魅了している女優が、次に下がるのは反対の舞台袖ということを把握しての行動だった。



二人が目の前に来て、大きく深呼吸をする。

そして、台本を取り出し、二人に僕の考えていることを説明する。

もちろん、考えの真意までは説明はできない。

それだけに、二人からしてみればただの勝手だと思われても仕方がないことだ。
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