あきらめられない夢に
「お疲れ」


舞台もラストのシーンに近付き、最後の出番を終えて舞台袖に下がってきた沢良木に声を掛けた。

舞台に上がっているときは気付かなかったが、彼女は疲労からか肩で息をして、タオルを渡されるや周りを気にせずに背中に回した。


「演劇って、見た目以上に体力がいるよ。

俺みたいな役でこんなに疲れているんだから、主演はもっとだよ」


二人で舞台へ視線を向ける。

そこにはそんなことを微塵たりとも感じさせない様子で、役になりきっているつぐみさんの姿があった。


「でも、いい演技だったよ」


彼女は「よせよ」と呟き、用意していたペットボトルの水を飲んだ。



僕がこういう舞台を見慣れていないのかもしれない。



僕がこの舞台に沢良木を推薦したからなのかもしれない。



今日の沢良木の演技は、間違いなく○○○劇団の誰にも引けを取っていないように見えた。


「柄にもなく、緊張したんだぜ。

でも、この緊張はいいもんだよな・・・」


どこか遠くを見ているようだった。



二十歳になり、自らの意思で変わろうとした彼女。

それまでの時間を彼女はどう思っているか分からないが、きっと今の視線の先には女性らしくなっている彼女が映っているに違いない。
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