あきらめられない夢に
舞台の上では嘘はつきたくない


きっと、彼女ならそう思うだろう。

それに役者が舞台で台詞を言っている以上は、これは演劇なのだ。

彼女がそれを放棄するはずがない。


「・・・馬鹿」


その声は小さかったが会場中に響き渡り、舞台袖にいる僕の耳にもはっきりと届いてきた。


「私の過去を知らないくせに。

私がどんな思いをしたか、何も知らないくせに。

どんな思いで、あなたのあの言葉を聞いたか・・・」


スポットライトを浴び、下を向き小さく震えているようにみえる彼女。

そんな彼女を抱き締めてあげられるのなら、今すぐにでも抱き締めてあげたい。



暗幕をぎゅっと握り締め、後ろを振り返り舞台袖を見渡す。

今、ここにいるこの舞台に関わる全ての人がこちらを見ている。

そのなかでひと際強い視線で上越がこちらを見て、目が合うとゆっくりと頷いた。

その後ろでは沢良木が目を閉じてはいるが、表情は小さく笑っていた。



そして、後ろから団長が僕のそばにきて、肩を叩いて何も言わずに頷いてきた。



僕は唇を力強く締め、意を決して舞台へと上がった。
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