あきらめられない夢に
「だから、私は小学生のときからあの劇団で舞台に上がっているの」


涙目になりながら話す姿にもう一度笑い、僕も涙目になりながらどこか納得したような返事をしてから涙を拭い、深呼吸をして平静を取り戻した。


「○○○劇団の人たちってみんな演技が上手くて驚きましたけど、つぐみさんは僕みたいな素人が見ても別格って分かりましたよ。

小学生のときから舞台に上がっているとなると、もうベテランの域ですね」


最初の言葉は本音で、最後の言葉は冗談のつもりで言ったのだが、彼女の機嫌を損ねてしまったのか気まずそうな表情をしていた。


「ふふふ」


少しだけ目を逸らすと、また元の表情にも戻っていた。

今の気まずそうな表情は僕の気のせいだったのだろうか。

それとも、あれも演技だったというのだろうか。


「ありがと。

でも、まだ三十五歳のレディにベテランは失礼じゃないの」


「す、すみません」


まるであの一瞬が無かったかのように彼女は笑い、僕もそれに気付かなかったように笑った。

彼女には僕に触れてほしくない何かがあるのではないかと思い、そして、それは僕が触れようとしてはいけないものなのだと感じた。



勘違いなのかもしれない。



それでも、無神経に彼女の心を傷つけるよりは、勘違いのほうが何倍もいいはずだ。
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