あきらめられない夢に
大学を卒業して約三年半という歳月は、僕にとっては潮時ともいえる時間のように思う。

この会社に入ったことがそもそも自分のやりたいことから目を逸らした結果なのだから、僕が東京にいる意味と気力は全く無いものに等しかった。


「とりあえず、地元に帰ろうと思います」


ため息をつき、そんなことを口に出す。

セブンスターに火を点け、空っぽになった口で大きく吸い込んだ。


「彼女はどうする?

今度、プロポーズするって言っていたじゃないか」


「別れます」


あまりにも即答だったために、虚を突かれたように先輩は表情が固まってしまった。

この質問に間を空けてしまうと、今の僕の頭の中は様々なことが混ざり合ってしまいどつぼに嵌まってしまうだろう。



二人の間に静かな時間だけが暫く流れ、僕は冷めかけたロブスターWIBを口にする。

やはり僕の気分が、酷く苦くさせていたようだった。

最後は美味しく飲みたかったが、この状況では仕方のないことだった。


「荷物の整理が残っているので、失礼します」


頭を深々と下げるが、先輩は仏頂面のまま無言だった。



この人がいたからこそ、僕はここまでこの仕事を続けることができたのだ。


「先輩には本当に世話を掛けてばかりで、何度お礼を言っても言い足りません。

僕が最初に仕事のやり方に納得がいかなくて文句ばかり言っていた頃、先輩から掛けてもらった言葉は胸に刻み続けていきます。

月並みな言葉で失礼ですが、このご恩は本当に一生どこにいても忘れません」


伝票を左手で取って立ち上がり、もう一度頭を深く下げた。

先輩との数々の思い出が頭の中に甦り、その一つ一つが濃すぎて涙が零れそうになってしまうのを必死で堪えた。


「先輩、ありがとうございました」


そう言い残し、僕は『アリエス』から立ち去った。
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