あきらめられない夢に
「あなたよりももう少し若い年齢のとき、私は本気で舞台女優を目指していた。

スクールのようなものではなく、大阪で名の通った劇団に所属して稽古を重ねた。

プロの舞台のオーディションがあると聞けば、所かまわず駆けつけた」


彼女の表情が言葉を重ねるにつれて険しくなっていくのがはっきりと分かった。

できることなら、このことはあまり人に話したくないことなのだろう。

それを聞いている僕は、一体何と言葉を掛けてあげればいいのだろう。



いや・・・



はっきりと言えるわけではない。



それでも、人に話したくない話を自分が聞いているときは、言葉を掛けてはいけないのではないかと僕は思う。


「でも、無理だった」


ただ、その話から目を逸らさずに聞いてあげることが大事なのだと。


「あるオーディションのときに失敗をして、それから舞台に上がることが怖くなってしまったの。

舞台女優を目指している女が舞台に上がれなくなってしまったんじゃ、何のために劇団にいるのか分からない。

私は落ちこぼれて、ここに帰ってきた。

帰ってきた私は舞台から離れ、一切何も考えることなく仕事と家を行ったり来たりしているだけの生活が続いたわ。

父から○○○劇団に誘われても、舞台に上がることを想像しただけ嫌気が差すほどにまでなった。

そんなことが一年以上も続いた、ある日。

父に忘れ物を届けに行ったら、たまたま稽古の合間のミーティング中で舞台に誰もいなかったの。

私はゆっくりと舞台に歩み寄り、怖さに怯えながら舞台に立った」


彼女は間を空けずにここまで一気に話すと、窓の外を眺めて一呼吸置いた。



舞台に上がれなくなってしまった、そのときの彼女はどれほど苦しんだだろうか。
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