あきらめられない夢に
「あっ、宮ノ沢くん。

今日が初仕事だったんだって」


その声。やはり一緒にいる人物は上越だった。



電話に変わるや否や、上越は堰を切ったかのように僕にたくさんの言葉を投げ掛けてきた。

その全ての言葉を聞き取り、答えられるほどの能力を僕はもっていなかった。

途中からはただ相槌を打ち続けていたりして適当な返事だけを繰り返しているだけになっていたが、それでも上越は構わないという感じで話を続けてくる。


「ああ、ごめん、ごめん。

レースだと思っていたから、連絡しなかったんだよ」


それでも上越の勢いは止まりそうになかったが、傍にいるつぐみさんが察してくれたようで電話を変わろうとしていてくれた。


「ごめんね。

今、まくりちゃんの話を聞いていたところだったのよ」


「いえ、別に・・・」


自分の声が電話の向こうで響き渡っているように聞こえてくる。

どうやら、音声をあちらはスピーカーにして二人で聞こえるようにしたらしい。


「ねえ、良かったら宮ノ沢くんも今から来たら?」


上越のその言葉は嬉しかったが今日の僕は電話が精一杯といったところで、とてもではないがどこかに出掛けるだけの体力は残っていなかった。

窓の外の月があまりにも綺麗でそのことを惜しいと感じさせているが、それでも体はやはり正直だった。


「いや、遠慮しておくよ。

初の仕事で疲れているからさ」


「おっ、やっとその話になったね。

何、何?どんな話をしてくれるのかな?

聞いちゃうよ、私」


「こらこら、まくりちゃん」


つぐみさんに宥められている上越はどこか中年男性のような反応を見せて、それはそれで面白かった。



そんな電話の向こう側を想像すると、僕は上越の本当の姿というのを高校時代は見ていなかったのかもしれない。

いや、見えていなかったという表現のほうが正しいのだろうか。
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