あきらめられない夢に
「おじさんに話してみなさい、慎二くん」


「ごめんね、お酒飲みながらだからまくりちゃん酔っているのよ」


どちらにせよ上越とこんなふうに接することになるなどと、あのときの僕を思い出すと未だに信じられない気持ちだ。



二人で話をしているところに邪魔をしては悪いので、手短に今日の出来事を話した。


朝のプレハブ小屋の出来事


やたらと派手なポニーテールをしている沢良木のこと


その沢良木が僕の教育係で罵声を何度も浴びせられたこと


それらを箇条書きのレポートのように淡々と話して、僕は二人の電話から離れることにした。



時計を見ると九時を少し回ったところで、そんなに電話をしてなかったつもりだったが一時間以上も話していたようだ。

携帯電話を離すと体中の力が抜けていくのが分かり、このままだと眠りに落ちてしまうので慌てて立ち上がり風呂の準備をした。

携帯電話を布団の上に投げつけようとしたところで東雲先輩の顔が浮かび、彼に電話をしようかどうかで手が止まった。


「いや、まだ電話するべきときじゃないよな」


先輩に電話をするときは動き出した今ではなく、以前の自分から変われたとはっきりと感じたときだろうと思い、携帯電話をゆっくりと布団の上に投げつけた。



疲れで重くなった体を動かし、下の風呂場へと歩いていく。



久し振りの仕事は教育係に罵声を浴びせられることの繰り返しだったが、僕にとっては短くも長くも感じられる一日だった。



そう思えたとき、不意につぐみさんのその言葉が甦ってきた。

仕事を辞めてからこちらに戻ってきたときのころ、人生の終わりのように思っていたころの僕を思い出す。


-もっと胸を張って堂々としていれば良かったのに-


まさにその通りだと、僕は笑ってしまった。
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