あきらめられない夢に
「インナーシャツ、カッパやたくさん着るから、そんなに寒くはないの」と上越は話していたのを思い出す。

何枚ものシャツを重ね着するため転覆でもしない限りは平気だが、夏はそれ故に暑くて苦労するとため息交じりに説明してくれた。


「新年早々、あいつも大変だ。

転覆しなければいいけど」


吐く息が白くなる寒さのなかで、冷たい水面に転覆することを想像しただけで背筋に悪寒が走った。

寒さだけでなく、転覆は怪我をすることもあれば、一歩間違えれば命だって危ない。

常に僕たちの前では無邪気で笑顔の彼女だが、命懸けでレースをしているのだ。

そう、自分の仕事に命を懸けているのだ。

それをできる人というのは、一体どれくらいいるだろう。


「でも、宮ノ沢くんだって明日から仕事でしょ。

そういえば、仕事のほうは順調?」


「まあ、それなりに・・・ですかね」


濁した言葉ほど、僕は今の仕事に不満を抱いているわけではない。

年末年始の休みは大晦日と正月の二日間だけというのは少ないと思うが、それでも明日からの仕事を嫌だとは思っていない。

入社して三ヶ月が経とうとし仕事も徐々に覚えて、最近では沢良木に怒鳴られることも少なくなった。

僕などが言える立場ではないのかもしれないが、この仕事にやりがいも感じるようになってきた。

それでも、言葉が濁ってしまうのは・・・
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