あきらめられない夢に
人混みのなかを歩き続け弊殿へと辿り着き、用意していた三十五円を賽銭箱へと投げ入れた。


「三つご縁がありますように」と三十五円を入れて祈願すれば、三つ願いを叶えてくれる


何故、母親がそう言ったのか分からないが、それでも僕は小さい頃に言われたその言葉通りに、未だに初詣の賽銭には三十五円を入れるようにしている。

きっと母親も何か思い入れがあるからこそ、このことを僕に伝えたのだろう。


(仕事で宮ノ沢と早く呼ばれるようになりますように。

つぐみさんともっと仲良く、近くなれますように。

そして・・・)


目を開け一息をつき隣を見ると、彼女とは全くの別人が祈願をしていて思わず身を引いた。

賽銭箱から少し離れて辺りを見渡すと、弊殿を下りたところに彼女は笑顔でこちらを見ていた。


「随分と早かったんですね」


慌てて弊殿を下り彼女のところへと向かうと、それを確認して鳥居のほうへと足を進めた。


「宮ノ沢くんが長かったのよ。

それで、何をお願いしたの?」


神社と到着したときと同じように彼女は下から覗きこむようにして、僕の顔を見つめながら聞いてきた。

祈願した一つがつぐみさんに関係していることだったので、少々焦りが出てくる。

きっと、その姿を表に出してしまったら、また笑われてしまうことは確実なので必死で隠す。


「仕事のことです。それと・・・」


「それと?」


「前の・・・前の会社の先輩に、早く電話するときが来ますように」


あの日からまだ東雲先輩に電話はしていない。

自分が変われたと、はっきりと感じたことはない。

だから、まだ電話はしていない。


「そう」


優しく微笑むその表情が、いつものように僕の背中を押してくれているようだった。



いつになるか分からない。



でも、そのときが来たらすぐにでも電話して、何でもいいから先輩と話す。



そのときが早く訪れるように、僕は今日もまた目の前の道をひたすらに走り続けていくしかない。
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