あきらめられない夢に
「何だ、知らなかったんだ。

私ね、競艇選手になったんだよ。

戸田にはレースをしに行っていて、次の仕事、つまり次のレースの斡旋は一週間後に地元、津競艇場ということ」


頭には入ってきたものの、その言葉は処理されずに蒸発でもしたかのように頭の中から消え去っていくようだった。

今、彼女は何か言っただろうか?


「だから、競艇選手」


僕が言葉に詰まり、軽く放心状態だということ気付いたのか、耳元で先ほどよりも大きい声で言ってきた。

そして、ようやく僕に彼女の言ったことに対しての驚きが訪れた。


「えっ、競艇選手になったの。

確かに親が好きだって言っていたけど・・・」


「まったく、本当に知らなかったんだね。

インターネットとかで友達の名前とか検索したりしなかった?

検索ごっこ」


「いや、そんなことしないよ」


「そう?私は結構したりして遊んでいたけどな」


父親が競艇好きの影響でそのまま選手になってしまうということが、僕には信じられなかった。

それでもその後の彼女の話を聞いていると、そこまで珍しいケースではないということが、更に信じられなかった。


「小さいころからレースばかり見ていたからね。

中学生のときに今の私の師匠がね、男の選手を相手に一着を取ったのよ。

それを見て凄く身震いして『ああ、これだな』って、そのときからずっと競艇選手になるんだって決めたの」


そう話す彼女の笑顔と言葉が僕の胸を痛くした。

自分が目指していたものになった彼女は凄く輝いて見えて、自分が目指していたものになれなかった僕はその輝きの陰に隠れているようだった。
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