さよならをください
「君はここに来る前に女の子を一人助けたわね。

だから、君の思い残したことを一つだけ叶えることを許されました」


見覚えのある顔を探していることと、目の前の女性が言っていることとが頭の中で混ざり合って、どうにも訳の分からない状態に陥ってしまった。

恐らく、これが混乱状態というものであろう。


「あなたが混乱する気持ちは分かります。

誰しもが自分の死というものは簡単には受け入れないものです」


全然、僕の気持ちを分かっていない。

僕は自分の死は早くに受け入れている。

僕が混乱しているのはあなたの顔をどこで見たのかということと、叶えられる一つだけのことを探していることことが原因だった。


「一つだけと言われても・・・」


思い残したことが一つだけしかない人間などいるはずもない。

「何も思い残すことはない」と言って死んでいった人間だって、本当はいくつもの思い残すことがあったに違いない。

それは、ただ思い出せないだけか、今の僕のようにいくつもありすぎて混乱して分からなくなってしまっただけだ。



だって、人間ってそういうものだろう。



「何も思い残すことはない」なんて言葉、やりたいことがやれなかった自分から目を逸らした言葉だ。
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