人生の楽しい終わらせ方
「あの……瀬川さん、今日はここまでで大丈夫です」
「え? いつものとこまでまだあるけど」
「ちょっと、コンビニ寄りたいんで」
「コンビニ?」
サエキの言葉に、瀬川は不思議そうな顔をした。
相変わらず、口許には笑みが浮かんでいる。
コンビニから帰る途中でコンビニに寄るというのは、確かに少し変だ。
「あっちの店にしか売ってない紅茶があって。最近のお気に入りなんですよー」
「あぁ、そうなんだ……じゃあ」
「あっ、信号」
点滅しはじめた青信号を、顔を上げて見た。
急いで瀬川を振り返る。
「ありがとうございました、お疲れさまです」
小さく頭を下げて、横断歩道に駆け出す。
瀬川の家はまるっきり逆方向だと前に言っていたから、これ以上ついてくる口実はないだろう。
本当は、「じゃあ俺も行くよ」と言おうとしたのに気付いて、わざと遮るように声を上げたのだ。
あまりうまく誤魔化せなかった気がした。
空気の読めないふりも、もう限界かもしれない。
気付かれないようにこっそり横目で振り向くと、赤に変わった歩行者信号の下で、瀬川は、まだサエキを見送っていた。
別の店にしか売ってない飲み物を買いたいなんて、適当に取り繕ったでたらめだ。
そういう商品があるのは事実かもしれないが、別にわざわざ遠回りして買いに寄るほど好きではないし、それほど興味もない。
瀬川に家の場所を知られたくなかっただけだ。
なんとなく、知られてはいけない気がしたのだ。
彼が言った「いつものところ」というのも、サエキの家からはずいぶん離れた、適当な曲がり角だった。
はじめて待ち伏せされた時もやはり、送ると言うのを断りきれなくて、苦し紛れにまったく別の道を選んで歩いた。
その日の別れ際のことだった。
付き合ってほしいと言われて、長い沈黙のあと、断って、食い下がられて、謝った。
その時の勢いが少し恐ろしくて、数分前にたいして考えもせずに取った自分の行動は、間違っていなかったと感じた。
今考えれば、あの時自宅を知られていたら、突然訪ねてきたり待ち伏せされたりするのが目に見えている。
生活圏を知られるのも嫌で、瀬川と歩いた道の付近は、最近は通らないようにもしていた。