人生の楽しい終わらせ方

瀬川の声がどんどん苛立ちを増していくのを、サエキは絶望的な気持ちで聞いているしかなかった。
自分で自分の言葉に興奮していくような、典型的な頭の悪いキレ方とは違う。
もっと、冷静なのに理性に欠けた、得体の知れない不気味な逆上の仕方をしていた。
せめて殴ってくれたら、拘束が解けるのに。
無言のサエキに、瀬川は舌打ちをした。


「黙ってんじゃねえよ」


そう言うとおもむろに片手を離したので、サエキは反射的に歯を食い縛った。
だが瀬川は、その手を振り上げることも後ろに引くこともなく、ジーンズのポケットに持っていく。
顔にこないなら鳩尾、と一応警戒していたが、サエキの肩を掴んだままの左手に力が入ることもない。

咄嗟の判断だった。


「うわっ!?」


握り締めていたトートバッグを振り上げる。
瀬川が顔を庇って肩が解放された瞬間に、腰を思いきり蹴った。
サエキの反撃は予想していなかったのか、瀬川は思いのほか大きくよろめいて、三歩ほど後退した。
その隙にしゃがみこんで、這うように手探りで携帯電話を探す。
てめぇ、という声に、瀬川を見た。


「ふざけんじゃねえぞクソビッチ!!」


汚い怒鳴り声に、そうしたくはないのに、肩が跳ねる。
鼻を啜った音が聞こえてはじめて、自分が泣いていることを知った。
必死の思いで拾い上げた携帯電話と、振り回したバッグを引き寄せて、体を庇うように胸元に抱いた。
瀬川がポケットから出した手を向けてくる。
サエキの口からようやくまともに声が出たが、やはり、意味のある言葉ではなかった。

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