人生の楽しい終わらせ方
離れたところで点滅した街灯の灯りが、瀬川の手元で反射する。
大きいものではない。
握り拳に収まる、おもちゃみたいな小さなものだ。
それでも、ただ尖っていて、薄くて、皮膚を裂くものだというだけで、サエキにとってはライフルや爆弾や猛毒にも等しい脅威だった。
「オイ……いい加減にしろよ」
ナイフを手にした瀬川が、一歩近付く。
しゃくりあげるサエキの口からは、あうあうという泣き声しか出てこない。
へたり込んでしまった体勢のまま、なんとか距離を取ろうと、必死で後ずさる。
サエキの異様な怯えように、瀬川は興奮と怒りを煽られているようだった。
こわい、こわい、しにたい。
失神しそうなほど緊張した頭でそう思ったとき、脳裏を過ったのは、カナタの声だった。
サエキさん、と呼ぶ声を思い出す。
サエキさんの死ぬところ、俺が見ててあげる。
その言葉を頼りに、サエキは一生懸命死のうと思ったのだ。
はじめの頃漠然と思っていた、誰かに覚えていてほしいという気持ちは、カナタに忘れられたくないという、具体的な目的に変わっていた。
例えカナタが死ぬつもりだとしても、サエキがいたことと、見事に死んだことだけは、覚えていてほしい。
そう思った。
だから、今、こんな奴に殺されるわけにはいかない。
こんな奴に脅かされて、死にたくなっている場合じゃない。
カナタに会わなくてはいけない。
恐怖のあまりに吐き気をもよおすサエキの頭には、もうそれしかなくなっていた。
渇いた唇を舐める。
地面を見る。
心臓が、ざくざくと音を立てる。
死ぬ気で立ち上がれさえすれば、あとは。
足の速さには、少しだけ自信があった。