人生の楽しい終わらせ方

 18

真夜中の海は、案外明るい。
発光しているみたいに見える水平線を眺めながら、カナタはのろのろと歩いていた。
特に用事があるわけではないのだ。
目的もない。
それでも家を出てきてしまったのは、なんとなくだ。

携帯電話に着信があったことに気付いたのは、履歴に残された時刻から、一時間以上が過ぎた頃だった。
名前は片仮名で、サエキ、とだけ表示されている。
本名を知ってはいても、わざわざ変える気にはならなくて、そのままにしていた。
名前を見た瞬間の動揺を自覚して、自分が思っていたより彼女のことを気にかけていたのだと知る。

履歴を開くと、不在着信、10時18分、という文字が目についた。
着信3秒。
きっかりワンコールだということに気付いて、怪訝に思う。
いたずらか、間違いか、発信ボタンを押してしまってから考えが変わったか。

なんにせよ、それから一時間半近く経っても、二度目の着信は入っていなかった。
妙な礼儀正しさのあるサエキのことだ。
わざとでないなら、留守電かメールで一言入れるだろう。
あんな喧嘩別れをしておいて、しれっとこんないたずらをするとも思えない。

半月も音信不通で、急に気にしてほしくなったのか、と考えた。
もしそうなら、彼女の思う壺に見事にハマってしまっている。
明日なんでもなかったように、「昨日の電話なんだった?」とメールしてみようか。
それとも、もう一度連絡が来るまで放っておこうか。
逡巡してから、なにか羽織るものを探しはじめた。
少し悔しかったので、折り返しの電話はかけずに出掛けた。

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