人生の楽しい終わらせ方

目的は特にないが、目的地は、あの廃ホテルであることは間違いない。
電話があってから、すでに二時間近く経っている。
いなかったらいなかったで、そのままコンビニでも寄って帰るだけだ。

あの電話の時点ではホテルにいたとしても、もう帰ってしまっているだろうか。
見えてきた、名前も知らないホテルの、大きな窓を見上げた。
ランプの灯りは漏れないように抑えてあるから、サエキがいたとしても、外からではわからない。

さりげなく周囲を見渡す。
人気がないのをよく確認して、軋む扉を押し開けた。
中に入ってからも、もう一度外の様子を伺う。
念には念を入れた確認作業が、この場所の重要度を表しているみたいだ。
砕けたガラスが、カーペットと靴底の間で、擦り合わされる。
はじめて来た時に見た白い羽根が、まだ階段の途中に落ちていることに気付く。


部屋の扉の前に立って、声を出そうとして、一瞬、躊躇した。
この扉が開けばサエキがいるのだろうし、反応がなければ帰るだけだ。
廊下のカーペットは薄く擦りきれていて、足音は部屋の中にも聞こえる。
サエキがいるとしたら、人が入ってきたことには気付いているだろう。

す、と息を吸って、扉をノックした。
そして、「サエキさん」と名前を呼ぼうとした時だった。
中から、物音がしたのだ。
がた、という小さな音だったが、確かに聞こえた。
カナタは改めて、声を上げた。

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