人生の楽しい終わらせ方

サエキの目が丸く見開かれていくのを、至近距離で眺めながら、カナタは自分の顔から笑みが完全に消えていくのを感じていた。

今口から出た言葉が、本心かどうかは、自分でもわからない。
いつかサエキの死に対する覚悟を垣間見た気がしたのは確かだったはずだが、全く心にもないことというわけではないのも確かだった。
とにかく、サエキを傷付けたくて、あえて一番ストレートで、ひどい言葉を選んだだけのような気もする。

ナイフのわずかな先をぐり、と服に埋めて、目を細める。


「なめんのもいい加減にしろよ。本気で死にたいなんて思ったことないんだろ。自分の存在が消えてなくなればいいなんて、本気で思ったことないんだろ? だからこんな無駄に死に方こだわってんだろ」


サエキの顔がわずかに歪んだのは、ナイフを押し付けられたからだけではないだろう。
きっとカナタの言葉は、あながち間違いでもなかったのだ。

彼女は誰にも忘れてほしくなかった。
誰かの心に留まりたくて、誰かの心に残りたくて、消えたくなくて、 だからあそこまで、妥協しない死に方を探していたのだ。


「なにが他にない死に方だよ。ふざけてんの? あんた、息して動いてるだけで辛いと思ったことあんの? 自分の存在が恥ずかしくてしょうがないと思ったことあんの?」


声がぶれる。
いつもぼそぼそと喋って、大きな声の出し方を忘れてしまった喉では、怒鳴ることも捲し立てることも満足にできない。


「なあ、あんたさぁ、本気で、心の底から、早く死にたいと思ったことあんのかよ?」


震える声で言いながら、カナタの脳裏を過ったのは、いつかの川原でのサエキの姿だった。
それから、割れた鏡の破片を見た時の、恐れに満ちた彼女の目の色。

サエキだってきっとなにかを抱えているはずだ。
そうじゃなきゃこんなことはしていないだろう。
そう思っていながらもカナタの口から出るのは、暴言ばかりだった。
傷つけばいいと思っていたからだ。
自分の負った傷を相手も負えばいいと。

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