人生の楽しい終わらせ方

ひやりとした感触が指に触れる。
そこまで良いものでもないし、当たっただけで皮膚が切れるほどの切れ味ではないだろう。
それでも一瞬、どきりとした。

柄をつまんで、引っ張り出す。
しっかりと握り直してケースから外すと、現れたのは、ナイフだった。

フォルムはシンプルであるものの、日常生活には決して必要のない凶悪さを持っている。
刃渡りはカナタの指よりも長い。
革でできた柄に木綿の細いロープが巻かれているのは、手のひらの中で滑ったりしないためにだろう。
アウトドアに使う程度のものには、おそらく必要のない機能だ。
持った感じは、見た目のいかつさよりは軽い、という印象だった。
キッチンにある調理用の包丁なんかより、ずっと柄が太い。
刃も厚い。

試しに切れるものを探して、視線をさまよわせた。
一瞬自分の左腕を見てしまったが、さすがに即座に却下した。
これ以上は、たぶん、本当に死んでしまう。

手頃なものが見当たらなかったので、ナイフの梱包に使われていた2mmほどの厚さの発泡スチロールのシートを、縦にして手に持った。
上端に刃を立てて、少しだけ引きながら一気に降ろす。
力はいらなかった。
真っ二つになったシートの半分が、床に落ちる。
断面は滑らかで、切れ味の良さに思わず声を出さずに「おぉ」と言っていた。

思ったよりもよく切れる。
少し残念な気がした。
こんなことなら、このナイフが届くまで、左腕に新しい傷を増やさなければよかった、と思った。
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