人生の楽しい終わらせ方
こんなになんの感情もこもらない声で名前を呼ばれたのは、はじめてだった。
相変わらず表情もないままだし、どこにもなんの抑揚もない。
それなのに口調だけはおどけていて、少しむっとした。
下を向いて、拳を作って、カナタの肩を軽く小突く。
「やめてよね」
「なんで、だめ?」
「サエキって呼んで」
「サエキさん」
「……なに」
「おやすみ」
なんとなく、顔を上げられなかった。
だが、俯いたまま別れるつもりもない。
せめてなにか言おうとして、迷いながら口から出たのは、別れの挨拶でも「おやすみ」と返すでもなく、往生際の悪い言葉だった。
「カナタも……本名教えてよ。あたしだけとか、不公平」
「なにその理屈?」
「だってずるいじゃん」
「ずるいって……」
「名前、なんてゆーの?」
自分の表情と口調が、不貞腐れたみたいになっていることは、サエキも自覚していた。
こんなタイミングでこんなことしか思い付けない自分に、苛立っていたのだ。
人と話すのは、あまり得意ではない。
けれど、カナタの本名を知りたいのは、紛れもない本心だった。
不公平だとかそんな自分でも意味のわからない理由ではなくて、ただ、カナタのことをもう少しくらい知っておいてもいいんじゃないか、と思ったのだ。
やっと顔を上げると、またカナタの横顔しか見えなくなっていた。
仕方ないので、前髪の下の目をじっと見つめる。
たっぷり二十秒はありそうな沈黙のあと、カナタはようやく口を開いた。