人生の楽しい終わらせ方


「……よる」


そうしてぼそりと呟いたのは、たった二つの音だった。

シンプルな名前。
無駄を好まない、言葉の足りないカナタにぴったりの名前だと、サエキは思った。


「……夜?」
「うん」
「そ……夜」
「なに」
「よる、」
「いいよ、呼ばなくて」
「私に呼ばれるの嫌?」
「別に」
「そうでしょ」
「そんなこと言ってないよ」
「だって、夜」
「なに」
「どしたの?」
「なにが」


掠れている。
カナタの声も、サエキの声もだ。

なんの緊張なのかはわからない。
が、確実に踏み込んではいけないところまで来てしまった、ということだけは、わかっていた。
カナタも、本名まで教えたことを、後悔していたのだろうか。

それでも、口は閉じられない。
なぜか、絞り出すようにして、サエキはなにか声を出し続けていた。

カナタは目を伏せていた。
長い睫毛から、目を離せないまま、サエキは言う。


「すごい、怖い顔してる」

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