先天性マイノリティ
「ナツメ先輩が、やったんですか」
「…そうだ、俺がやった。悪いとは思ってない」
ナツメさんは傷ひとつ負っていない。
今直ぐ殴ってやろうと拳を作ったけれど、ここはギャラリーが多過ぎる。
私はどうなってもいいが、ゼロジを見世物にするのは居たたまれない。
騒ぎに気づいた見回り中の警官数人が近づいて来るのが見える。
急いでゼロジを抱き起こし、そのまま暗がりに向かって走る。
闇雲に走って薄暗い路地裏に入るまで、ずっと。
誰も追って来ない距離まで来たとき、ようやく足を止める。
ごめんな、とゼロジの唇が紡ぐ。
私は息を切らしながら、謝らないでって言ったでしょう、という。
こんなことがいいたい訳じゃないのに…。
もう一度返された「それでも、ごめん」に胸が痛む。
痛みに連鎖するように近くの街灯が点滅を繰り返す。
「どうして殴られてたの?あんな場所で」
尋ねても、ゼロジは無言だった。
ナツメさんと一緒にいた理由も、殴り返さなかった心中も、同様になにも答えない。
…こういうときの彼の頑固さが徹底的だということは、長い付き合いの中で熟知している。
このまま問い質したところで、なにも吐かないだろう。
数年越しに対面したナツメさんの姿を思い返す。
従兄弟なだけあって、今のシュウちゃんに少しだけ似ていると思う。
昔から女の子には困っていない様子だったけれど、きっと今もそうなのだろう、と推測する。
性格は正義感が強そうで明るい、クラスのムードメーカータイプ。
コウも「ユウタはいいやつだよ」とよく言っていた。
…そんな彼が、何故ゼロジを殴る?