青空を君に透かさないで
「眩しかった。苦しかった。手を離したのは、君のほうだったのに。きみが後悔すればいいと思ってたのに」
大罪を犯しているような、酷い罪悪感が心臓を襲った。震える背中に手を伸ばそうとする──泣いてほしくなかったのは、いつも凜としていた彼の後ろ姿が好きだったから。
傘を貸してくれた優しさも、テスト前に見せてもらう丁寧なノートも。浮かんでは消え、浮かんでは消えて。
彼の無くなった上靴をゴミ箱の中で見つけた。同級生に見限られるのが怖くて、一緒に話さなくなった。笑うときは眩しそうに細められる彼の目元。クラクションの音。振り払われた腕の感触。数人に殴られる彼を見て、名前を呼べなかった臆病者。助けて、と、動いた彼の口が。無意識に逃げ出した足が。総て、総て、真っ白になって。
「ああ、そうだ」
後頭部を殴られたような衝撃が走った。呼吸の仕方すら忘れてしまいそうだった。それでも、忘れたって構わなかった。呼吸よりも大切な何かを、想いに乗せたかったのだ。
呼べなくなった、名前を口にする。彼が驚いて、此方を振り向いた。ビニル袋がぐしゃりと地面に落ちる。溶けたアイスが、どろりと溢れ出す。
いつもラクトアイスを買うのは、それが斎古の好物だったから。彼が本当に好きなのは、高級なハーゲンダッツ。ひまわりではなく、ハイドランジア。
「俺が」
知っていた頃よりも随分と大人になった青年が、苦しげに唇を噛み締める。
「おれが、しんでいたんでしょう」
トラックを見た瞬間、気が付けば駆け出して、彼の名前を呼んでいたんだ。
ガードレールのペンキは剥がれ落ち、信号機は光を失う。無くなった血痕。罅割れたコンクリート。忘れ去られた人。掠れて、もう残っていない横断歩道の白。
真新しいひまわりの花束が、風に吹かれて揺れている。頬を涙が伝って落ちていく。眩しそうに細められた彼の瞳は、青空だけを映し出していた。