キミ想い


夏目さんは野宮さんに幸せになって欲しいと言っていた。

そう思えるのは、大切な人だから。

大切だと思えるのは、その人の良さをたくさん知っているから。

だとしたら、きっと今見ている野宮さんが、本来の彼女の姿なのかもしれない。


「野宮さん……」

「あたし、諦め悪いから覚悟しなさいよ」

「それは良く知ってる」


困ったように笑うと、野宮さんもまた、僅かに口元を緩ませて。

けれどすぐに表情を引き締めると、今度こそ車椅子を動かし背を向けた。

夕暮れ時の少し冷えた風が吹いて、私は何も言わずにその背中を見送っていると……

不意に野宮さんが止まる。

彼女は、背を向けたまま言った。


「……助けようとしてくれて、ありがと」


風が吹いたら聞き逃してしまいそうな小さい声。

考えてみれば、今までの行為に対しての謝罪はなかった。

けれど、感謝の言葉は謝罪よりも心地よいもので。

私が「うん」とだけ答えれば、野宮さんは今度こそ屋上から姿を消した。


──その直後。


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