*華月譚*月ノ章 姫君と盗賊の恋物語
やり取りを耳にした汀は、咄嗟に走り出した。




あまりにも突然の行動で、露草が止める間もなかった。







「あっ、姫さま!!」







その声を聞き、兼親は慌てて振り返る。




しかしすでに汀の姿はなかった。





十歩ほど行ったところに、脱ぎ捨てられた市女笠と被布(かづき)が落ちているだけだ。







「六の君! なんとはしたない………!」







兼親は絶望的な表情で頭を抱えた。






そんなことには頓着もせず、汀は渡殿を駆け抜け、寝殿を通り過ぎ、北の対まで辿り着いた。







「…………まぁっ」







驚いて立ち竦む。





ひどい有り様だった。





几帳が倒され、屏風も倒され、調度品も荒らされてそこここに散らばっている。







「…………なんてこと………」







呟きながら、恐る恐る塗籠の中を覗く。






ーーーもぬけの殻だった。







「……………蘇芳丸!!」







汀は悲痛な叫び声を上げた。







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