*華月譚*月ノ章 姫君と盗賊の恋物語
露草の嬉しそうな言葉にも、汀は首を傾げるばかりだ。






(………会ったこともないのに、それどころか声さえも知らないのに。



それで、恋しいなどと想われるだなんて………。


実感が湧かないわ。



こんなの、本当に恋などと言えるのかしら………。


そりゃ、私は、恋などしたこともないから分からないけれど)






汀は溜め息をついた。




それを聞きつけてか、庭にいたはずの青丹丸が汀のもとへとやって来た。





「あら、青丹丸」





汀がにっこりと笑う。




青丹丸はふんふんと鼻をうごめかせながら、硯箱や文のにおいを嗅いでいた。






汀は手持ち無沙汰で桜の枝をいじっていたのだが。





「あぁ、これ、あなたにあげるわ」





そう言って、青丹丸の鼻先に向ける。




露草が「えっ!?」と小さく叫んだものの、青丹丸は尻尾を振りながら枝をくわえてしまった。




そして両前脚で枝を固定し、がしがしと噛み始める。





露草は顔面蒼白になったが、時すでに遅し、であった。








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