*華月譚*月ノ章 姫君と盗賊の恋物語
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「なぁなぁ、お前さん、聞いたかい?」
邸の門前で、馬の口を引いている男が、顔見知りの馬番に声をかけた。
「ん? 何の話だい」
「白縫山の火影童子がまた出たってさ!」
「ほぅ! そりゃあ知らなかった」
「なんでも、満月の夜に、東二条殿に現れたんだそうだ」
「へぇ? 二条大路の東のお邸かい。
っていうと、右大臣殿の?」
「そうそう。
今を時めく荻原兼親(オギワラカネチカ)殿のお邸ときたら、まぁ、狙われても当然だろう」
「東二条の大臣殿といったら、ずいぶん貯め込んでいらっしゃると、もっぱらのお噂だからなぁ」
「もちろんさ。
なんと言ったって今は、荻原家の天下じゃないか」
「火影童子はどれくらいのお宝を盗んだんだろうなぁ」
「いや、それがさ。
どうやら盗みをする前に舎人に見つかっちまって、何も盗らずじまいだったらしい。
矢を射かけられて、当たったんだかどうなんだか、それっきり姿が見えないんだと」
「本当かい?
比類ない身軽さで、どんな衛士にも捕まらないと言われるあの火影童子が」
「さすが右大臣殿のお邸で雇われてる連中は、一筋縄ではいかなかったようだな」
男たちは、馬の毛並みを整えながら、そんな噂話に興じていた。