糖度∞%の愛【改訂版】
それにしても困った。今会社のエントランスで、彼方が待っているのに。こんなコート、着て帰ることはできない。でもこの季節にコートを着ていないと、彼方に変に思われるじゃないか。
ここまでするんだったら、いっそのこと言い訳も考えておいてほしかった。
もう、彼方は何とかごまかすしかないけど、問題はこのコートだ。
今日クリーニングに出せば、もしかしたら落ちるかもしれない。
でも、ここまでする人が水性のペンキを使うわけない。油性を使ったって簡単に予想できるけれど。でも、諦めきれない。
コートをペンキが見えないように小さくたたんで、腕にかける。そのまま玄関に向かいながら決めた。こうなったら、彼方に何を聞かれても“寒くない”と言い張ろう。よし、もう決めた。
「なんでコート着てないんですか?」
案の定、エレベーターから降りた私を見るなり、彼方はそう言った。少ししかめられた眉が、彼方の不機嫌さを顕著に表していた。それでも私は「寒くないから」と予定通りの言葉を返す。
それでもやっぱり彼方は引き下がらない。勘が鋭くて、どうしてそんなこと知ってるのって、聞きたくなるくらいの情報網を持っている彼方。そんな彼方は、実は私の状況を知っているんじゃないかと疑いたくなる。でも、彼方が切り出してくるまでは、私は自分から話すつもりはない。これは女の戦いなんだから。
「鳥肌立ってるのに?」
「寒くないから」
あくまで同じことしか繰り返さない私に、彼方はただ黙って顔を険しくしただけだった。
そこで追求が終わったと安心しかけたとき、パチン、と少し力の入った両手で頬を挟まれる。