糖度∞%の愛【改訂版】
その日の夜、彼方に私の手料理を振る舞った。
自分で作った料理を食べるときは、血糖のコントロールがしやすい。いつも使っている調味料のグラム当たりの炭水化物量も把握しているし、ちゃんと量も量れるからだ。
私の手料理を一口食べた彼方は、にっこり笑った。
「沙織さんって、料理うまいですよね」
私の料理を食べるのは、今日が初めてじゃないのに。なのに彼方はこうやって、毎回褒めてくれる。本当にどもこまでも気配りができる男だ。
そんな男は、プライベートなのに“さん”づけされてムッとしてしまうくらい、私の心の中の奥深くに住み着いていた。
「私より真帆の方がうまいわよ」
言いながら、自分で作ったブリの照り焼きを口に運ぶ。お昼に真帆が食べているのを見たら、食べたくなってしまったのだ。
でも、ブリの照り焼きを見て今日のお昼のことを思いだしてしまった。結構自信作なのに、途端に味が感じられなくなってしまう。
でも、食べる前に測った血糖が低かったので、食べたくなくても全部食べきるしかない。
いつもは食べる前にインスリン注射をする。けれど、今日は食前血糖が低かったから食後打ちだ。
血糖値が低いときにインスリンを打ってしまったら、余計血糖値が下がるから。だから食前に血糖値を測って低かった時点で、慌てて食事を口に運んだのだ。
こういう時って、嫌になる。
食べたくなくても、血糖が低いと食べなくちゃいけない。
好きなときに食べて、食べたくないときには食べない。そんな当たり前のことをしてみたいと、いつになっても思ってしまうのは仕方ない。
なんとか食事を終えて、インスリンセットを持ってリビングのラグの上に座る。
今日の炭水化物量の合計にカーボ比をかけて計算。食前血糖が低かったから、計算した数値からインスリン補正値をひく。そこから出た値が今回の食事のインスリン量だ。
あとはもう慣れた注射の準備。注射と言っても、見た目は少し大きなペンのように見える。キャップを外して先端をアルコール綿で拭く。そこに針を取り付けるだけだ。その取り付け方も、ねじを回す要領でつけるだけなので、小さい子供でもできるくらい簡単だ。
それから、液の中の空気を抜く“空打ち”をしてから、必要な分の単位だけダイヤルを回して注射するだけ。
彼方の前では、隠れて打つことはしない。最初から彼方の前で堂々と打つようにしている。初めて目の前でやった時も、彼方は動じることはなかった。ただまじまじと、私の手元の動きをじっと見ていた。
その視線にも慣れた今では、何か関係ないことを話しながらインスリンを打ったりしている。でも毎回この体勢は慣れることはない。