糖度∞%の愛【改訂版】

「……彼方」

「なんでしょう?」

「ちょっと離れてくれないかな?」


ストレートに言ったのに、彼方は「なんでですか?」と心からわかっていないような声で尋ねてくる。
いつもなら、こんな風には言わない。やりづらいなぁとは思うけど、でも彼方とくっつくのは好きなのだ。でも、お昼の出来事が頭をよぎって、それさえ嫌に思えてしまうのだ。いらいらする。

「なんでって、ねぇ?」

「“ねぇ”と言われても、俺にはさっぱりわかりません」


言いながらお腹に回されていた腕に、ぎゅっと力が込められた。もともと隙間なんてなかった二人の身体が、さっき以上に密接する。
首筋にかかる吐息がくすぐったい。なにより座っている私を、後ろから抱え込むようにして抱きしめられているこの体勢は、本当にいつまで経っても慣れない。
ドキドキしすぎてしまって、変なところに針を刺してしまいそうで怖い。
……いや、そんなヘマしないけど。それくらい、心臓に悪いってことだ。
本当なら、もっとドキドキしたいのに。どうしても今は素直にそのドキドキを味わえない。

「……もういいわよ」

諦めたように溜息をついて、その体勢のまま片づけを始める。
これ以上粘っていると、お昼に見た光景を追及してしまいそうだったから。なるべくなら喧嘩なんてしたくない。なにか理由があったに決まってるんだから。彼方がこうやって、いつもと変わらないでいるなら、彼方の気持ちに変わりはないはずだ。後ろめたいことがあれば、私だって気づけるもの。だから、彼方から言ってくれるのを待とう。

そう自分で折り合いをつけたのに、彼方は私の少しの変化も見逃さない。苦しいくらいに締め付けて「何かありました?」と耳元で囁く。

その囁きに、思わず声が漏れそうになって唇を噛んで堪えているのに。彼方は攻撃の手を緩めることはない。私の腰に回っていたはずの右手が、いつの間にか首筋に伸びてつぅっと撫で下される。触れるか触れないかの、微妙なタッチがくすぐったくて仕方がない。

ううん、くすぐったいだけじゃない。そう感じているって分かっているのに、彼方はそれ以上する気配を見せない。私はいいように焦らされてしまうのだ。

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