糖度∞%の愛【改訂版】
「沙織さん、変ですよ?」
「……変じゃ、ない」
ゾクゾクしてしまうのを堪えながら、なんとか器具をしまい終える。彼方の腕の中から抜け出そうと試みてみるけれど、ビクともしない。彼方は片手だけで私を捕まえているのに、力じゃ全然敵わない。
「絶対に変です。目をなかなか合わせてくれないし、そっけない。 俺、沙織さんに何かしました?」
顎をグッと持ち上げられて、上から覗き込む彼方と無理やり視線を合わせられた。
逆さまになった彼方の顔。どこから見ても欠点がないコイツが、たまに憎らしくなる。それくらい彼方はカッコイイ。
付き合う前は全然気にならなかった容姿が、今じゃ“かっこいい”と思ってしまうんだから、恋って凄い。
彼方が綺麗なのも優秀なのも知っている。だからこそ彼方は女の子にモテているのだ。誰から見たって、彼方は“彼氏にしたい男”だろう。
見知らぬ女の子に腕を掴まれていた彼方。嫌がるそぶりすら見せずに、食堂にその子とふたりで入ってきた彼方。
そんなことすら気にしてイライラしてしまう私は、そうとう重い女なんだろう。
それでも、必要最低限以外、他の女の子と接触して欲しくない。そう思ってしまうのは、だめなんだろうか。
そんな思いを込めて逆さまな彼方を見つめる。でももちろん私の気持ちが、見つめるだけで伝わることなんてない。
ただ黙る私に焦れたのか、彼方が「言ってください」と催促してくる。
でも、そんなかっこ悪いこと言えなかった。
今は違うけれど、私は彼方の先輩だった。今までお酒の席で、彼方と恋愛論を語ったことだってある。その時私は彼方に、言ったことがあったはずだ。
信頼していれば、異性と出かけようが気にならない。相手が浮気をしたらそれは一発で別れるけれど、でも出かけるくらい友達なら許せる。そんなことを言ってた。
今でもそう思うのに。でも彼方が相手だと、どうしても理性が効かない。
信じてる。彼方の想いも確かに分かるのに。
なのにどうして“嫌だ”と思ってしまうのか。
そのもやもやを吹き飛ばしたくて、私は腕を上に伸ばした。
彼方の後頭部に手を回して引き寄せて、唇を合わせる。逆さ同士のキスはすごくやりにくい。でも、今だからこそキスをしたかった。
ねぇ、彼方とキスできるのは私だけ、でしょう?
私以外とキスなんかしてない、よね?
そんなこと聞けなくて。でも、心の真ん中にいる彼方を、今更手放すなんてできなくて。
一人ジレンマを抱えている私は、やっぱり恋愛経験が乏しすぎるのかもしれない。
真帆だったら、どうするんだろう。このもやもやをなくして、尚且つ二人の関係をもっと深くする方法が、私には思いつかない。
どうすればいい? どうすれば彼方に嫌われないで、想いを伝えられる?
答えが見つからない問いかけは、出口を見つけられずに私の中でうごめくだけだ。
「沙織さん。 誤魔化さないで、ちゃんと言ってください」
困ったような、嬉しそうな、複雑な感情が入り混じった顔で笑う彼方。そんな彼方に、私はただ微笑み返すしかできなかった。
どういえばいいのか、答えが見つからなかったから。