糖度∞%の愛【改訂版】
この私たちの雰囲気に、部署内の人は手を止めてしまっているらしい。私のキーボードをたたく音だけがカタカタと響く。そんな中「あんまりじゃないか? 美崎……」と、部長の遠慮がちな声を、「今は仕事中です」ときっぱりつっぱねる。すると彼方が私のデスクの傍から離れた気配がした。
どうやら諦めて彼方は行ってしまったらしい。手に持っていた書類も、本当にフェイクだったのだろう。結局彼方は部長の所へは行かなかった。
そのことに私が静かに息を吐くと、そのあと少ししてから再び部署内に音が響き始めた。
「お疲れ」
言葉と共に置かれた、湯気を立てているお茶の入った紙コップ。考えることすらしたくなくて、ただ目の前の仕事にだけ没頭していた。し過ぎたあまりに、パソコンを見すぎたせいで目が乾いてしまっている。何度か瞬きをして潤してから、差し出されたその紙コップに口を付けた。
ふと見上げた先の壁にかけられた丸い大きな時計は、すでに9時を回っていることに目を見張る。
いつの間にこんなに時間が経っていたんだろう。
「もうこんな時間なんだ」
「あんた休憩なしでひたすら仕事してたからね。周りが帰るっていう声すら聞こえてなかったでしょ」
私のデスクに浅く腰を掛けた真帆は、呆れたように溜息をついた。本当にそんな声が聞こえていなかっただけに、苦笑いしかできない。集中しすぎると周りが見えなくなるのは自分でよく分かっているから。だからこそ余計なことを考えたくなくて、集中していたんだけど。
「それにしても徹底的ですねぇ、沙織サン?」
その呼び方が誰の真似をしているかなんて、聞かなくても分かる。そしてその言葉が何を指しているのかも。