糖度∞%の愛【改訂版】
定時を少し過ぎて上がってから約三時間近く、胃や何鳴るくらい粘られて、説得するのもうんざりしていた。なのに帰らなかったのは、今日で完全に終わりにしたかったからだ。
コイツの存在が嫌で堪らなかった。
この状況になって確実に、どんどん俺との距離を置いていく沙織に、どうしようもないくらい不安になったから。
それなのに、コイツはどこまで俺の神経を逆なですれば気が済むのだろう。
じとっと睨みつければ、びくりと身体を跳ねさせて泣きそうに眉を歪めた。
見るやつが見れば可愛いと形容されるのかもしれない。でもそんな顔されても、俺は何とも思わない。
泣き顔を可愛いと思うのは、ただ一人しかいない。俺にとって可愛いと思えるのは、沙織だけだ。
「だって、悔しかったんだもん」
理由にならない言い訳をしながら、ポロポロと泣き出した。そんな彼女に、言葉をかける気すら起きない。
視線を外して、すぐに沙織さんに電話をかける。でも耳に聞こえてきたのは、無機質なアナウンスだ。
「……沙織さんに、何を言った?」
「……」
「もう一度聞く、何を、言った?」
ゆっくりと尋ねれば、彼女は喉を震わせた。小さく「ぁ」と声を出してから俯いてしまう。
それでも俺はただひたすらに、彼女の言葉を待つ。口を開けば罵倒しそうだった。
少し時間を置いて、やっとのことで彼女はおずおずと口を開いた。
「彼方君は、いま、シャワーを浴びてる、って……」
片手で口元を押さえながら、そう涙ながらに言われた言葉に、一瞬にして目の前が真っ赤に染まった。
コーヒーの置かれたテーブルを蹴り飛ばしたい衝動を何とか抑えた。そんなことをしている場合じゃない。そんな言葉を言われた沙織さんを想えば、俺の怒りなんて二の次だった。
「二度と俺と沙織さんに係わるな」静かにそう言い捨てて、伝票を掴んで喫茶店を後にした。