糖度∞%の愛【改訂版】
通いなれた居酒屋。
私の隣には、着いてすぐに頼んだ日本酒を煽る真帆。
目の前には、視線を一瞬たりとも私から外さない彼方。
その視線を完全に無視して、個室なのをいいことに堂々と血糖を測定する。
センサーに表示された数字は“56”。やっぱりな、と思いながらビールを流し込む。
頼んだものすべてのものの、だいたいの炭水化物量を計算する。
通いなれたここだからこそ、頼んだメニューにどれくらいの炭水化物が含まれているかが大体わかるのだ。
今血糖が低いことを考えてインスリン単位を補正する。大体これくらいだろう。
ペンタイプの注射についたダイヤルを回して、単位を合わせて太ももにインスリンを打つ。本当は打つ場所をアルコールで消毒しなくちゃいけないんだけど、あいにく今日はパンツスーツだ。脱ぐわけにはいかないし、スーツの布地は薄いのでそのまま刺した。
そして、血糖が下がらないうちに、無言で目の前のいかの一夜干しに箸をつける。
黙々と食事を進めるこの空気は、お世辞にも楽しいとは言えない雰囲気だ。
その一番の原因は、目の前にいる彼方なんだけれど。そんな雰囲気を物ともせずに、真帆は日本酒片手に箸を動かして、「この揚げ出し豆腐美味し」などと、楽しげにしている。
流石としか言いようがない真帆の態度に感心してしまう。
私も無言のまま、ワカメうどんに箸をつけた。
メニューには載っていない、ワカメうどん。これは隠れメニューで、店長に気に入られた常連じゃないと教えて貰えないし、知っていたとしても注文が出来ない。
でもその価値があるほどに、とっても美味しいうどんだ。
口に入れれば、やっぱりいつも通り美味しくて優しい味が広がる。でも、どうしたって目の前の視線が気になって仕方がない。