ゴッドネス・ティア













月が見えた。

この地域周辺では雲が厚く、月が見えることなど滅多にないらしい。


だが、今日は幸運なことに美しく輝く月が雲一つない夜空にぽつんと一つ浮かんでいた。



少し肌寒い。

だが彼女はそんな小さなことを一々気にする程ではないので、たまに腕を擦るだけで厚手しようとは全く考えていない。


黒一色に塗られた、小部屋にこぢんまりとした家具の中でも少し大きめなベッド。

また少し大きめの戸を大きく開き、そこから差し込む月光はなんとも美しい。




その月光を浴び、ベッドに一つの人影。

開き戸に堂々と腰をかけ、片膝を立て、その美しい顔立ちを月光に浴びせながら部屋の外を眺めていた。


景色を楽しむわけではなく、監視をしているわけでもない。

……ただ空を見上げた。













「………美しい……月明かり浴びてー………深く深く暖かい眠りにつきましょうー…暖かい暖かい……腕の中で……さあ……お眠りー………」



微かに聞き取れるのは、彼女の唇から途切れ途切れに漏れる優しいメロディ。

優しい優しい、ゆったりとした……子守唄。

とくに子供がその場にいるわけでもないのに、彼女は静かに、だがしっかりとメロディを奏でる。









「……次……目が醒めたら…また……暖かい太陽の光りが…あなたを優しく包むでしょう……さあ安心して…………お眠りー……見守りましょう…あなたの夢まで……さあ…お眠りなさいー……この暖かい腕の中で…………さあ……おやすみー……」





母が子に歌う唄。

ヒュネット国サン州の童謡子守唄。


貧乏な者が多いサン州。
餓死者が絶えない、飢えた州。



そんなサン州で生まれた…腹を空かせて泣いてばかりで、なかなか眠りにつかない赤子を母が優しく優しく包む、悲しい唄。


本当はたくさん食べさせてやりたくて、

お乳だって飲ませてあげたいのに……。











……だから、せめて寝てちょうだい。

夢だけでも幸せを見て。




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