ゴッドネス・ティア
その瞬間、ル・メイの体はベランダに勢いよく転がり、その弾みで離れたクレストはその場に崩れ落ちた。
「……ゲッホ、ゲホッ……カハッ…………」
地面に転がりながら酷く噎せるクレスト。
しかし、どういうわけかものの数秒程でそれは治まり、ゆっくりと腰を上げていた。
ル・メイといえば、喰らった衝撃でじんじんとする左頬を押さえていた。
まだ何が起こったかよくわかっていないらしい。
少し視線を上げると、……いつも笑顔のはずの先輩…ミン・リュンマがいた。
その表情は恐ろしい程無表情で、……怒っているわけでもなさそうで、しかし許してくれるわけでもなさそうだ。
「…いい加減にしなさい」
静かに、ただ静かに彼女はそう呟いた。
(…そうだ、あたしは……)
まだクレストの体温の温かさが手に残っていた。
何故か震える掌を、見下ろす。
……殺すつもりだった。
……殺してしまうところだった。
理性を取り戻したル・メイの頭に浮かんだのは……『恐怖』という二文字。
彼女が止めてくれていなかったら……きっと自分は彼を……クレストを絞め殺していた。
たった、あの名前で呼ばれただけなのに。
「さってとー。そろそろ俺は行くから。ル・メイちゃんも早く元気出してねーん」
ふいに辺りに響いたのは、無茶に明るい声。
先程あんな目にあったというのに、何故こんなに陽気に生きられるのだろうか。
「ク、クレスト……あた、し………」
明るく振る舞うクレストに対して、ル・メイは恐ろしい程ガタガタと震えていた。
そんな彼女を見て、クレストはまた、面白そうに笑っていた。
首にはくっきりとした赤黒い手形をつけたまま。
「大丈ー夫。気にすんな。……慣れてっから」