ゴッドネス・ティア



その瞬間、ル・メイの体はベランダに勢いよく転がり、その弾みで離れたクレストはその場に崩れ落ちた。



「……ゲッホ、ゲホッ……カハッ…………」



地面に転がりながら酷く噎せるクレスト。
しかし、どういうわけかものの数秒程でそれは治まり、ゆっくりと腰を上げていた。





ル・メイといえば、喰らった衝撃でじんじんとする左頬を押さえていた。

まだ何が起こったかよくわかっていないらしい。

少し視線を上げると、……いつも笑顔のはずの先輩…ミン・リュンマがいた。

その表情は恐ろしい程無表情で、……怒っているわけでもなさそうで、しかし許してくれるわけでもなさそうだ。




「…いい加減にしなさい」



静かに、ただ静かに彼女はそう呟いた。


(…そうだ、あたしは……)




まだクレストの体温の温かさが手に残っていた。

何故か震える掌を、見下ろす。







……殺すつもりだった。

……殺してしまうところだった。




理性を取り戻したル・メイの頭に浮かんだのは……『恐怖』という二文字。

彼女が止めてくれていなかったら……きっと自分は彼を……クレストを絞め殺していた。


たった、あの名前で呼ばれただけなのに。


















「さってとー。そろそろ俺は行くから。ル・メイちゃんも早く元気出してねーん」


ふいに辺りに響いたのは、無茶に明るい声。

先程あんな目にあったというのに、何故こんなに陽気に生きられるのだろうか。





「ク、クレスト……あた、し………」


明るく振る舞うクレストに対して、ル・メイは恐ろしい程ガタガタと震えていた。

そんな彼女を見て、クレストはまた、面白そうに笑っていた。
首にはくっきりとした赤黒い手形をつけたまま。






「大丈ー夫。気にすんな。……慣れてっから」



< 407 / 506 >

この作品をシェア

pagetop