i f~小さな街の物語~
第8話「聞こえぬふり」
夕飯までの時間
俺と裕太はゲームをしたり
漫画を読んだりして時間を潰した。
夜になると
1階から母の声が聞こえた。
「翔~!ご飯できたよ~!」
いつもより張った声。
「裕太、ご飯できたみたいよ。」
「お、ちょうど腹減ってきたところだったわ。」
「俺も!行こうかっ。」
腹ペコの2人は
足早に1階に下りていく。
姉貴と親父は
いつも通り帰って来ていなかったけど
食卓に3人分のご飯が用意されていることに
とても幸せな気持ちになった。
「さあ、たくさん食べてね♪」
「うん。いただきます。」
母さんの作ったハンバーグは
いつもよりも、美味しく感じた。
それは、裕太が一緒だったからに違いない。
「裕太君、どう?美味しい?」
「めっちゃ美味いです!」
俺達は食事をあっという間にたいらげ
その姿を母は嬉しそうに見ていた。
ただ一つ、気がかりだったのは
母さんが
ここ最近ろくに食べていないこと。
俺はいつも
口では絶対に言わないけど
母さんには凄く感謝している。
いつも笑顔で、優しく笑ってくれる。
きっと辛いことや
苦しいこともあるだろうけど
そんな姿を一切見せない母さんを
俺は尊敬している。
それに母さんはウソをつかない。
いつも、まっすぐな目で
俺や姉貴を見てくれる。
だからこそ何かを我慢して
ご飯が食べられないんじゃないか?
そんな気がして心配になった。
でも、この時の俺は
裕太との時間が楽しすぎて
その心配を
すぐに頭の中から消してしまったんだ。
食事が済むと
裕太はせめてものお礼ですと
洗い物を率先してやっていた。
そこには
もう最初にイメージしていた
裕太はそこにはいなかった。
「あ~腹いっぱい!
翔のお母さんて、料理上手だな!」
洗い物が済むと
俺たちは部屋に戻った。
時間は20時を過ぎている。
「いやいや、そんなことないよ。
それより!裕太、泊まってくでしょ?!」
「え?いや、いいよいいよ。迷惑じゃん。」
「だから迷惑じゃないって!
泊まって欲しいから言ってんの!」
裕太ともっと話したい。
俺は素直に、そんな気持ちになっていた。
「、、、、翔の家がいいって言うなら
泊まらせてもらおうかな。」
少し申し訳なさそうに裕太は言った。
「よっしゃ!そうこなくちゃ。
ちょっと母さんに言ってくる!」
「うん!ありがとう。」
俺は高ぶる気持ちを抑えきれずに
リビングまで走って向かった。
「母さん!
今日裕太泊まらせていいよね!?」
俺の様子を見て
母さんは笑顔で答える。
「明日学校ちゃんと行くんでしょ~ね~?」
それは、OKという意味ってことを
俺はよく知っている。
「会ったり前じゃん!ありがと!」
「でも、裕太くんのご両親にちゃんと電話しなきゃね♪」
「あ、、そのことなんだけど、、、」
俺は、裕太の両親が離婚したこと
兄貴が
父親の代わりに働いていることなどを話した。
母さんは、涙ぐみながら聞いていた。
「わかった、じゃあお兄さんには
ちゃんと伝えておくように裕太くんに言っておいて♪」
「うん、必ず伝える!ありがと!」
急いで2階に戻ると
裕太は携帯をいじっていた。
「あ、おかえり。お母さん、何だって?」
「いいに決まってんじゃん!
その代わりちゃんと家に連絡すること!
だってさ。」
「もちろん!兄貴に連絡する。」
なんだかんだ、裕太も嬉しそう。
「つーか携帯持ってるならアド交換しようぜ。」
「お~いいよ!番号もな!」
その夜、俺たちは語り合った。
お互いが思っていること
小学校時代のこと
クラスや、担任のこと。
俺は
卓也たちのことも話し
裕太も
翔の友達なら喋ってみたいと言ってくれた。
気付けば時間は、夜中の2時。
まだまだ
お互いに喋り足りなかったけど
明日も学校だったから寝ることにした。
俺は寝る前にトイレに行こうと思い
静かに階段を下る。
ふと見ると
リビングの灯りが
まだ消えていないことに気が付いた。
どうやら
親父と母さんがまだ起きているみたい。
何を話しているのかは聞こえなかったけど
大声で怒鳴りあってるようだった。
普段
喧嘩なんかするはずのない両親。
俺が下に降りてきたことすら
気付かないほどの大喧嘩に
胸の奥がチクッとした。
でも、自分が
首を突っ込んではいけないような気がして
すぐに自分の部屋に戻ると、裕太はすでに眠りの中。
(ありがと、裕太。)
両親の喧嘩に対しての不安
裕太に対しての感謝
2つの気持ちを抱えながら
俺も眠りについた。
第8話
「聞こえぬふり」~完~
第9話
「広がる輪」へ続く