Hair cuts
東京へ出ようと本格的に考え始めたのは、去年の冬、オーストラリアの大学へ行った友達に会いに行ってからからだ。異国の地で苦労しながらも充実した生活を送るかつての旧友を目の当たりにしたら、今の自分があまりにも小さく思えた。何かが違うと、漠然だけれど自分の人生観に疑問を抱くようになった。

それまでは、愛華の言う通り地元の美容室で就職するつもりでいた。ただでさえ美容師見習いの給料は安いのに、都会へ出て一人暮らしなんか始めたら暮らしてゆけないのではないかという不安もあったし、遊里も愛華も浩人も地元を出る気など微塵もなく、なら私も…という思いもあった。

凪いで穏やかな環境の中に私はどっぷりと浸かりすぎていた。

その考えを決定付けたのは、春休み中行なわれた同窓会だった。都会へ出た友人たちはすっかり垢抜けで綺麗になっており、私は気後れした。彼女たちのほとんど大学へ進学し、みんな、それぞれ明確な目標を持って努力していた。実家暮らしで呑気にだらだらと過ごしている自分が恥ずかしかった。

それからだ。私が本格的に将来のことを考えるようになったのは。

なんとなく進んだ美容師の道だけれど、私はこの仕事が嫌いではないと思い始めていた。不器用だけれど、練習を重ねれば驚くほど成果は上がるし、元来人付き合いも苦手ではないので性に合っているかもしれないと思った。それで、とことんこの道を究めるのも悪くないという結論に至ったのだ。

でも、きっと地元に残ったら、その決意は揺らいでしまうだろう。実家暮らしは楽だけれど、その分甘えが生じてしまう。逃げ道がある。そもそも私が美容師を志したのだって、受験勉強から逃げたかったからだ。自慢じゃないけど私は根性があるほうではないから、選択肢がいくつか合った場合楽な方へ逃げたくなる。だから、あえて逃げ場の無い場所まで自分を追い込んで勝負するべきだという結論に至ったのだ。
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